kiseki

Love is the only majic in the world

無償の愛を知る旅

 

 

大好きな友達が沖縄の人と結婚し、

結婚式のため沖縄に行っとりました(*´-`)

 

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...が、この現象の表向きな目的。

 

 

そしてこの旅の霊的な目的(真の目的)は、

見返りを求めない“無償の愛”について触れ

それを自分に還元するためでした。

 

私は兼ねてから言葉ではなく

“無償の愛”を背中で語れる人になりたいと

よく現れる神と接するようになってから

強く思うようになりました。

 

その願いが叶ったのか

そういう人生の計画だったのか

 

それを沖縄で見て、

自分なりの体現の仕方を見つけていきました。

 

 

 

例えば得意なマクラメアクセサリー。


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これを仲のいい友達にあげたんですね。

そうしたら皆の「欲しかったの!嬉しい!」

というエネルギーがダイレクトに私に届いて、

そのエネルギーの質を分かりやすく体感した。

 

つまり、

「自分のことのように」相手を感じられた。

 

違う言い方をすると、

「私、嬉しい!嬉しい!ありがとう!」

と思ったしそう感じたのです。

 

 

もしお金を貰っていたら、

その金額で売れたから

作品がお金に変わったから嬉しい!

という気分になったかもしれないし、

 

売れたし喜んでくれてよかった!

と思ったかもしれない。

 

全然それはいいんですが、

なんせ私は今“無償の愛”について

学びたいわけで体験したいわけなので

 

そこにお金という物質的な介入があると

無償の愛ではない

“今までと変わらない体験”になってしまう。

 

何を体験したいのか?

 

これが霊としての魂としての私たちにとって

とても大切なことです。

 

 

この体験のおかげで

無償の愛は犠牲的なものではなく

自分自身を幸せにし喜ばせるもの

だということが肌で実感できた。

 

相手に何か与えたことで

相手が感じる楽しい、嬉しい、幸せは

 

相手だけでなく自分自身も感じる。

 

「自分のことのように」

 

神が夢の中で相手をも「自分」って呼んで

全力で相手が喜びそうなものを考えてたのは

与えるのも受けとるのも誰でもない

「自分」だからなんだよね。

 

 

そしてガイドはこう言った。

 

 

「目に見えないものと見えるものは同じ

 

愛とお金も同じ

 

愛はお金だし

 

お金は愛なのだ」

 

普通に言われると分かった気になってしまうけど

本質をちゃんと知ったのは今回がはじめて。

 

 

例えば今の経済社会は

何かをしてもらう(目に見える)ためには

お金(目に見える)が必要。

 

その社会の中で生きているから、

何かしてもらったら(目に見える)

何かを返さないと(目に見える)

罪悪感を感じるし、

実際にそれが礼儀だと大人は教える。

 

 

でもね、

例えばバスに誰かを乗せて

目的地へ送った(目に見える)。

 

そこでその誰かが

「本当に助かりました!

ありがとうございました。

気をつけてお帰りくださいね。」

とお礼を言われたとする(目に見えない)

 

実は霊的(真の世界)に見たら、

これで人間の言う“お金”は貰ってるのです。

 

目に見えるものと目に見えないものは同じ。

 

私たちは仕事の時、

お礼に更にお金を払っているので

とても多くのものを貰っているんですね。

 

逆にお金は払っても態度が悪い人がいると

「もうあの人なんなん(怒)」と言う。

でもお金は貰ってるのでエネルギーは対等。

(自分が相手にしたことは受け取ってる)

 

お金を貰ったなら、嫌な態度でも

言うのは文句ではなく「ありがとう(*´-`)」

 

 

 

また“受取拒否”をされる人もいるようです。

 

「私何もしてないのに受け取れません!」

 

ってやつですね。

 

本当に何もしてなかったら、

臨時収入は入ってこないし

予想外のサービスは受けられないし

タダで何かして貰えないんですよ?

 

誰かに道を教えたかもしれない

重い荷物を運んだかもしれない

困ってる人に何かをあげたかもしれない

存在自体が、言葉が誰かを癒したかもしれない

笑顔が誰かを元気にしたかもしれない

 

それらの親切(目に見えない)が

誰かの心を感謝と喜びで満たしたから

あなたは目に見えるラッキーを引き寄せた。

 

目に見えるものと見えないものは同じだから。

 

 

 

私はこの沖縄の旅でまったくお金がなくて

たくさんの人にサポートしてもらった。

 

それが申し訳なくて落ち込んでたけど、

無償の愛ならある!しかも無限!

と思ったら楽しくなって

 

思いつく相手が喜びそうなことを

どんどんやっていた。

 

そうしたらタダで美味しいものが

たくさん食べれたりトゥクトゥク乗れたり、

 

おこづかい貰ったり(笑)

私が不得意なことを周りが率先してやってくれたり、

 

なんと!

増えるはずのない口座のお金が少し増えた!

 

毎度のことながら、

この現象にはいつも驚かされますね(*´-`)

 

 

そして様々な“無償の愛”を体現する

多くの人に会った。

 

友達はもちろんだが、

沖縄にはこういう人が多くて刺激を受けた。

 

私はこの沖縄の旅で“無償の愛”について

身をもって深く理解することができた。

 

神の愛を、

目に見える世界で当たり前にしていく

基板みたいなものを体験することができた。


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