kiseki(旧ブログ)

Love is the only majic in the world

語るとき。

今日はちょっと珍しく、自分の感情を書き殴ろうと思います。

いつもは“不思議な体験”や現実で何かないとあまりブログを書かないの。

でも今はアウトプットが大切なようなので。


f:id:myan51:20171109122146j:image

 

たまに来る自殺願望

 私は人生で何回か本気で死にたいと思ったことがある。

でも本気で実行に移そうとしたのはたったの一回。

それは母の予想外な行動によって、彼女は無意識にそれを止めたけど。

 

そして久しぶりにその衝動に駆られたのは、昨日。

 

もう本気で無理だと思った。

こんなことをする為に生まれてきたならもう生きていたくないと思った。

何も感じられず、視ることも聞くこともできない、ただの鈍感な人になれたらと思った。

 

私は自分に二つの選択を与えた。

・本気で、能力を弱らせる努力をする

・もうどうしてもダメなら死ぬ

 

窓をじっと無で眺めて、窓と壁と空気と、そして肉体が完全に溶け合った真っ白で何もない空間を何回も見ていた。

 

でも、朝起きて改めて自分と向き合って、どうしたら自分が楽になれるのか?

「死にたい」を生きるツールとするための方法はないのか?

そう考えているとガイドから返ってきた言葉は、

ー「じゃあ、それを語ればいいんじゃい?」

 

何を語るのかというと、エゴについて。


f:id:myan51:20171109124318j:image

心の中の扉

私は、どこかの記事でも書いたけど、エゴというある個性を持ったエネルギーを吸収する。

 

そうすると心がモヤモヤして、喉は詰まって苦しくなって、叫び出すエゴと同調して私もよく叫ぶの。

叫ぶのを我慢すると、吐き出されたい声(息)が大量に溜まるから苦しくなる。

だから仕方なく同調されて一緒に叫ぶ。

そっちの方が私も楽だから。

何回も叫んで最高潮に達すると、その全てを自分に引き戻すかのように再吸収して、ハートに入ってくるとハートの中にあるの中へ消える。
f:id:myan51:20171109124621j:image

私がイメージするその扉の向こうは何でもないただの宇宙で、そこにエゴが放たれると調和されて無くなる。

この扉は浮遊霊とかを浄化する時にもよく使ってる。

あとどっかの次元に飛べてしまってこの次元に帰りたい時も、思い出すときは使う。

前に、私の中の私が、私の中のツイン君と会話するのを聞いたことがあった。

でもすぐに私の中の私が「また後でそっちで話そう!」みたいなことを言って、その私の中の私が心の中の“何か”に入って“昇天”したことがあった。

まさにその何かに入ると彼女は上に向かっていく感じで消えた。

だから心の中に、他の次元に飛べる“扉”があることは、ただの綺麗事ではなく私にとってはリアルで真実。

ちなみに“そっち”というのは、霊界のことで、死んだあとや寝てるときに行く一部の場所。

 

あのときは「私、死ぬの?」って思って怖かったけど、人は現実と霊界をいつも本当は行き来していただけだとあとに知った。

 

「エゴで苦しむな。エゴを語れ。」

そして最初に話を戻すと、人のエゴに毎回同調するのが苦しくて苦しくてもう嫌だ、死にたい、楽になりたいと思ったとき、ガイドが言った言葉が「語る」こと。

 

じゃあ、エゴとは何か?

何がどんなふうに苦しいものなのか?

どんな感情を人が持ったとき、それはエゴだったのか?という体験などなど、それで苦しむのではなく、それについて語ればいいんじゃないかと提案をしてくれた。

 

そして昼寝していたときも、手紙のような文章が目の前に現れて、何が書かれているのか分からないけどひときわ目立っていた「ブログ」という言葉だけはハッキリと認識できた。

 

ここからは、この世とは思えないほどファンタジーな実際の体験を書いていきます。

 

そうすると、もれなくツイン君たちのことも書いちゃうけど、まぁ仕方ないので仕方ないですね。


f:id:myan51:20171109125517j:image