kiseki

Love is the only majic in the world

貨幣社会じゃなくなると。

家にパンもバターもコーヒーもある。

でもわざわざカフェにまで出かけに来た。

 

本能から来る自分の行動を見返して、わざわざ自分の中であるのに他に求める理由は?を考えてみた。

 

  1. 人がいることの安心感
  2. ほど良い雑音で集中力が高まる
  3. 好きなウッド調の内装
  4. 美味しいコーヒーとトーストを誰かに作ってもらえる

 

するとこれだけいろんな理由がでてきた。

節約したければ家で自分でもできる。

でもわざわざカフェまで来るのは、

ベストな環境を選びたいから!(特にブログを書くときは)

 

そこで思ったんですよね。

もし貨幣社会が崩れても、今やっているこの仕事を必要とする人は必ずいるに違いないって。

 

人はお金を払いたくて物を買ったりサービスを受けるわけではないですよね。

その物を買って精神的な満足を得るからが究極的な理由。

お金のやり取りがこの世からなくなっても、精神的な満足を得たい感情は消えるわけではない。

 

だから結果から言うと、

お金があってもなくても

私たちがやることは何も変わらない

 

強いて言うならお金の為に働いていた人は“本当に”やりたいことを見つけ出しそれを実行するくらいだろう。

 

だから例え貨幣社会ではなくなったとしても、怖がることも心配になる必要も何もない。

今までと同じことをするだけ。

自分の精神的な満足と人の物質的な豊かさの為に。

 

歌うことが好きな人は自分と人の為に歌い

何かを創るのが好きな人は自分と人の為に創り

何かを教えるのが好きな人は自分と人の為に教える

 

それで全てが回る、循環する。

 

だからその為には自分は何が好きで得意かを知っていて、そして今の時代からそれを実行していることが大切なんじゃないかなと思っています。

 

貨幣社会じゃなくなっても、

世の中は何も困らないんだよ。


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