kiseki

Love is the only majic in the world

善悪で完璧な体験

まずはじめに、善悪が自分の中で存在しなくなれば相対性が原理の世界を体験しなくなる(必要がなくなる)ことを明記しておきます。

 

その上で、「善悪を体験したいのは、完璧を体験したいから」というお話。

 

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ある日、起きる直前に目の前に男性がいました。

その人は普通に生きている人間であること、そしていわゆる“罪人”であることを伝えてくれました。

犯罪を犯し“悪い人”としてこの世界を体験している。

ただ更に彼が私に伝えてくれたことがあった。

 

「(魂的に)善というものを既に体験している。

ただその逆の波動“悪”がどんなものかを体験したくて今ここにいるんだ。

そして逆の波動“悪”を体験したい理由は、完璧を体験したいから。」

 

「完璧を体験したい」と言うときの彼の笑顔、清々しさ、ワクワク、意志は、“善”と呼ばれる常識、礼儀、正義を語るどんな人よりも強く感じられた。

 

私は普段から、多くの人が嫌う戦争や争い、犯罪なども容認しています。

これはなかなか理解されません。

 

でも魂レベルで視ると、どんな人も目的があってそれを体験している。

あなたが犯罪者、悪魔と呼ぶその存在の魂の目的はあなたには分からない。

あなたに分かるのは、「その考えと行動は悪いことで、あの人のように平和を考えられないのか」という自分自身の概念(これはダメでこれは良い)。

 

テレパシー会でよく言うことですが、

悪者はいないが、悪者と捉える心は存在する。

そして一人一人全ての人の中に存在しうる。

 

どんな嫌なことであれ、その現象に居合わせたのであれば自分がその波動を持ってるから引き寄せただけのこと。

その不調和を一緒に体験するとあなたが容認している。

 

偽善者とは、現実からかけ離れた素晴らしいことを言う人のことではない。

誰かを・何かを“悪い”と判断したその心を持った者のことを指すのではないのか。