kiseki(旧ブログ)

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心のないセックス

今朝は、とても素晴らしい明晰夢を体験しました。

そのシェアをしたいと思います。

 

今回のテーマは、心のないセックスについて。

私はこれまでに“セックス”に関連した記事をいくつも書いています。

セックスという行為は統合するツールにもなり波動を落とすこともできる、

それだけにとてつもない大きなエネルギーを発生させます。

kiseki.hatenadiary.com
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だからこそセックスを好きな人としたいし、我慢して耐えるセックスではなく気持ちよくて溺れるようなセックスがいいですよね。

だからレイプは犯罪だからダメなのではなく、多くの場合に置いて人の心を傷つけるから、そのあとの永い人生に悲しみを与え続ける可能性が高いから“いけない”んだと思います。

だから心のないセックスよりも心のあるセックスの方が“良いとされている”し、実際にそっちを望む人は多いはず。

もちろん、この私もです。

 

…そんな当たり前な考え方に大きな意識改革を起こす出来事が起こりました。

それは「精神的な繋がりがなくても、身体が反応することの性の凄さについて教えてくれるものだった。

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まず初めに、この記事は性犯罪を肯定するものではありません。

“心のないセックス”に対する新たな視点・考え方を提案するものです。

 

ある性行為師の女性

私は明晰夢の中で、ある女性と暗めの部屋で2人っきりになっていた。

その女性は“両性”の印象だった。

分かりやすく言えば「おかま」なのだけど、もっと心は公平に両性だった。

 

そしてその女性は私にディープキスをしたり身体を触ったりし始めた。

私は好きじゃない人とセックスをすることも女性とイチャイチャをした経験はない。

だから好きな人でも男性でもない人とこうしてイチャイチャしているのが嫌で、抵抗して逃げようとした。

すると彼女は、

「私は男性に対してもこうしている」

と言った。

その言葉で、彼女にはある意味の“性癖”がないと思った。

男性だから女性だからという理由で性を行使していないという、とっても中立な感覚があった。

それに加えて、彼女からは「性を行う者」というエネルギーを感じた。

もしこんな肩書と仕事があるなら、性行為師(せいこういし)が相応しい。

 

  • 性行為師(せいこういし)

性行為をする者ではなく、性行為を与えるというのがその時の私の感覚にピッタリ!

そして、性を行う・施す相手に対し平等で、性そのものに癖のない中立な立場がまさに“師”の持つ意味に相応しい人だった。

 

〗 シ いくさ
 
  1. 1.
    《名・造》
    子弟を教える者。人の手本となる人。先生。
     「師の教え」
  2. 2.
    仏教やキリスト教での指導者。
     「法師・律師・導師・禅師・牧師・祖師」

 

彼女の言葉を聞いて、荒々しい感じや恐怖、焦りのないその性行為を私は受け入れた。

彼女は順番に両耳を舐めたりディープキスを続けた。

そして最後に濡れた私の性器に触れて愛液をすくい上げ、

「精神的な繋がりがなくても、身体が反応する」

(この性の凄さ)

と言った。

 

性犯罪の裏で隠れた、性の凄さ

「性犯罪は多くの場合、人の心を傷つける」

これに関してはよく分かっている。

でもそう言えば、

「…なんで心の繋がりがなくても身体は反応するんだっけ?」

そんなこと疑問に思ったことがなかった。

性器を触ればエッチなことを考えれば身体は子供を産む準備をし、男性器は起ったり女性器は受け入れやすいように濡れる。

でも、そもそも何故そんな現象が起きるの?

何故に人の身体は性に反応するの?

思えばそんなこと、どこのテレビでも先生でも教えてくれないよね。

 

性犯罪にフォーカスしていることで埋もれている

「そもそも、どうして身体は性に反応するのか?」

というのがこの明晰夢の大きなテーマだったと思います。

 

私たちの言う「心が大事」ならば、どうして身体は心を無視して性に従って反応するのか。

その答えが分かるとき、たくさんの高次元マスターが言う「私たちの心は常にエクスタシーで満たされている」という言葉を私たち地球人も理解できると思います。

 

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